良はで使えな


「あの……朔良君。そこまで言うと気の毒というか……すまない、君。反射的につい投げてしまった。どこも傷めてはいないか?」
「頑丈ですから、大丈夫ですよ、このくらい。それに、少しくらい投げられて壊れるような繊細さはこの人にはありません。」
「あの……朔良君?君、ほんとに先ほどからひどくない……?」

容赦なく辛辣な言葉を島本にぶつける朔良に、小橋は何と言葉を掛けて良いのか困ってしまう。
すると、朔良はふっと悪戯な瞳を三日月の形にして、島本に見えないようにして唇にしっと指を当てた。その姿は、どこか嬉香港風水師しそうに見えた。

「まあ、心配して飛んで来てくたのは確かだし……一応、ありがとうございます。……と、言っておくかな。」
「いや。役に立たなくてすまなかった。」
「それと、これからは小橋先生が僕の傍に居てくださるので、あんたはもう安心してくれていいから。」
「傍に……?それは……そういう事なのか?」
「ええ、そういう意味です。」

くすっと、小さく朔良は笑った。

「そうか!良かったなぁ!朔良ひ……朔良。」

朔良は口調を変えた。いつものように、高飛車な朔良になっていたが、眼差しは優しい。

「だから、あんたももう自由になっていい。僕には、元々失ったものはないんだから。」

島本がくしゃと顔をゆがめるのを見ると、朔良は再び冷たく吐き捨てた。

「……泣き顔、汚い。」
「こら、朔良君、言いすぎ。」
「ぷんっ。」

「朔良……っ!朔良……!」

手を伸ばしかけた島本は、そのまま拳を握り込んだ。真正面から朔良に触れる勇気は、まだないらしい。
朔良の足元に座り込んだ島本の目線に、朔良は降りた。
ふっと微笑む朔良は、島本の知る氷の朔良ではなかった。

「あのね……あんたにも、教わったことが有るよ。」
「俺に……?」
「うん。過去は変えられないけど、その気にさえなれば未来は変えられるって分かった。今の僕の為に、昏い過去が有ったんだって、やっと思えるようになったから。」
「そうか。俺はこの病院で再び出会った朔良に救われた気がしてる。強くなったな。前は綺麗なだけのお人蘇家興形みたいだったのに。」
「お互い、今を大切にしろってことだね。いつか、いずみちゃんに会った時に、笑顔で会えるように僕も頑張るから。」
「……朔良は、どこかへ行くのか?どこへ行くか、聞いてもいいか?」
「そうだよ。でもどこへ行くかは教えてあげない。」
「朔良……」
「行きましょうか、小橋先生。」
「あ、うん。……その、ごめん、朔良君。……まさか、僕が叫んだのが原因で、こんなことになるなんて。」
「僕もびっくりしましたよ。まさに、野獣の咆哮だったみたいですね。そういう馬鹿なところは、どこか、あそこで這いつくばっているガマガエルと似ている気がします。」
「馬鹿な上に、ガマガエルって……ひどいなぁ。彼は朔良君には余り好かれてないのかな。」
「ガマガエルが気に入らなければ、ウシガエルでもいいですよ。何なら、四方を鏡で囲って脂汗でも流させてやりたいくらいです。」
「蝦蟇の油売りの口上じゃないか……ははっ。彼は朔良君を助けに来たのに、酷い言われ様だ。何かあったの?」

小橋はふと気になって聞いてみた。
朔良は病院の敷地に植わった、桜の膨らみかけた蕾を指で弾いた。

「正直言うと、あいつを一生許さないと思ったこともありました。でも、もういいんです。」
「……というと?」
「過ぎた話ですよ。車はどこですか?」

過ぎた話が気になるんだけど……と、話を振りたかったが、朔どんどんと先を行く。
小橋は肩をすくめて先を行く朔良を追った。

「へぇ。ここが小橋先生の家ですか……?思ったより綺麗だし、広そうですね。」
「中古物件だけどね、一応持家だよ。上ろうか。」
「はい。」
「ただうちは三階なんだ。エレベーターが工事中いんだよ。階段で申し訳ない。」

初めて足を入れた小橋の家は、中古マンションといいながらリフォームも済んでいるせいか、とても清潔な印象だった。
ほんの少し足を流しながら、ゆっくりと朔良が登ってゆく。

「手を貸そうか?」
「結構です……と、言いたいですけど、三階は、ちょっときついです。やっぱり手三元顧問蘇家興を貸して下さい。良いリハビリになりそうですけど……きついです。」