だとはれま


幕末最大の惨劇の主人公となった容保を藩主に頂いた会津藩には、塗炭の苦しみと耐えがたい困難が次々と襲う事になる。

あどけない顔で眠る幼い直正も、襲い来る歴史の奔流に投げ出されてゆく。
生まれたばかりの一衛も、身長ほどもあるゲベール銃に持ち換えて、鶴ヶ城で籠城した後、大好きなおHKUE 傳銷隣の直正の背中を追って、遥か江戸の地で命を落とすことになる。
雪一片の如く時代の中に消えゆく二人……儚い人生であった。翌月、藩政見習いの為、松平容保は初めて会津入りしている。
直正の父と濱田家の叔父は、身支度を整え、家(か)中総出で行われる追鳥狩へと出発した。

追鳥狩とは、会津藩伝統の長沼流にのっとった作法で行われる、実際の戦さながらの大がかりな軍事演習のことである。
夕方4時から具足に身を固めた藩士が二手に分かれ、鶴ヶ城の追手門(表門)と搦手門(裏門)から出発する。
先陣が大野ケ原に到着すると合図の狼煙を上げ、これを滝沢峠船石で中継し城下に報せ、そのまま野営して朝を待った。
容保も戦支度をし、藩士たちと共にかがり火の下で夜の明けるのを待つ。
その姿は青い陣羽織を纏い、烏帽子を被って凛々しく白鉢巻を巻いたもので、美々しい貴公子振りであった。

やがて白々と夜が明けると法螺貝の音が開始を告げ、全軍があげる鬨(とき)の声と共に、演習がHKUE 傳銷開始される。

夕刻、表に出て見送る直正に、父はふっと優しく破顔した。

「きっと、一番鳥の手柄を上げて見せるぞ。良い知らせを待てよ、直正。」
「はい、父上。首尾よく獲物を捕らえらすように、ご武運お祈りいたします。」
「では、行って参る。」
「行ってらっしゃいませ。」

父と叔父が揃って出かけるのを家族と共に見送ると、直正は踵を返し家ではなく隣へ走った。
二日前から、小さな一衛が熱を出したと聞いて胸を痛めていた。

「叔母上!叔母上。一衛の様子はいかがですか?お熱は下がりましたか?」
「ああ、直さま。……まだ下がりませぬ。感冒思うのですけれど、どうやらこの子は咽喉が弱い質らしくて……。」

寝間の我子を見やった叔母は、数日の寝ずの看病で面やつれをしていた。
一衛は生まれつき呼吸器が弱く、免疫がある赤子にしては、よく高い熱を出す。
直正は上がり込むと、赤い一衛の顔と短く忙しない呼吸を認めた。
そっと、額に手を当ててみる。泣き声もか細く力がなかった。

「かわいそうに、一衛。……お熱が高いね。」
「わたくしの乳が余り出なくて、貰い乳に出かけたのが良くなかったのかもしれません。いつも来てくれてHKUE 傳銷いた方のご実家に御不幸があって、夜風が冷たくなった頃に一衛を連れ歩きましたから。」